大阪で1970年に創業した「工芸店ようび」の店主・眞木 啓子氏が、50余年に亘る商いについて、器作りや料理への見識、顧客との交流から物語る本著。
随所に谷崎潤一郎の『細雪』の世界のような、在りし日の船場の華やぎを感じる、その道50年を超える眞木さんの一代記とも呼べる本は、ただの器の本にあらず。
兎に角見どころの多い本なので、順を追ってお勧めのポイントをご紹介させて頂きます。
◆お勧めポイント①…表紙が加藤静允先生作。
加藤静允先生は、小児科医であり陶芸家でもある、多彩な先生です。
白洲次郎・正子両氏回顧の展覧会場にて、洒落た吹き墨の伊万里があるなと思ったら、加藤静允先生作でした。そんなことがしょっちゅうあります。幅広い見識と古今東西の数寄者との交流を礎に、写しを越えた、心の表現をされる稀有な芸術家でいらっしゃいます。
その先生が描かれた、こぼれ梅に麦藁手。
洒脱な絵を、和紙風の素敵なデザインに昇華されたのは戸田勝久さん。
わざと陰影をつけて和紙の質感や空気感を出しているそうです。
表紙からして工芸品のような、ずっと眺めていたくなる美しさ。
こういう本こそ、手元に常に置いて繰り返し読みたい、宝物となりますね。
◆お勧めポイント②…眞木さんのご日常を垣間見る。
ご日常、とは、眞木さんの造語です。
お店で販売されている器は、眞木さんご自身が料理を作って盛り、季節の取り合わせの楽しみを私たちに示してくださいます。
日頃使う日常の器こそ、美しいもので心豊かに、という信念。
権威的だった工芸としての器を日常の器に焦点を絞ってお店を開かれた覚悟。
当時陶芸界や料理界の重鎮をも動かし、若い身空で女性ひとり旗揚げされたその勇気。
1970年代、きっと今のように女性の起業家は少なかったことでしょう。
その心意気を買って指南役をされたのが、辻留 辻嘉一氏です。
「遇いがたくして 今 遇うことを得たり」
どんな時代でも師に恵まれることは、親鸞聖人が法然上人を最大の賛辞でこう表現するように、人生の喜び。真の師とは、教えや芸だけでなく己の生き方をも導いてくださる方です。
辻氏の下で日夜現場の経験を積まれた眞木さんは、器にどんな料理が映えるのか、取り合わせや季節感をどのように演出するのか、毎回真剣勝負で身に科して会得されたそうです。
その経験は、「工芸店ようび」で、お客様がどのように日常の食卓を美で飾りたいと思っていらっしゃるのか、顧客の思いに耳を傾け、共に想像しながら器揃えを手伝うという眞木さんならではの接客に繋がりました。
そこで、ご日常です。
眞木さんが私たちの日にちに、出来るかぎり心豊かな美しい食卓がありますように。と願われて制作された、珠玉の広告キャッチフレーズ集も拝見できますよ。
◆お勧めポイント③…名店のしつらえに学ぶ。
京都の俵屋旅館。伊豆のあさば。
東西の名旅館も、眞木さんの器をお揃えです。
都の華やぎに学び、よいもので飽きないものを是とする。
美意識が行き届いた空間で、歴史文化の奥深さを体感できる一夜は、10年分の学びに匹敵するのではないでしょうか。
いつか行ってみたい、を本の中で先取りできます。
◆お勧めポイント④…漆器についての見識を深める。
そもそも眞木さんが器のお店を始められたのは、お兄様の野田行作氏の漆器を販売する為でらしたとか。
後半は「工芸店ようび」の核である漆器について、その奥深さを学べる内容になっています。
私が感動したのは、掌に納まる弥生土器に原点を持つ器の形状。
家に帰ってほっとする瞬間は、2400年前も今も、温かいお汁の入った器を、ふうふうしながらいただくことなのかも知れません。
日常を、心豊かなものに。
その願いで一心に商いをされてきた眞木啓子さんという女性に、心からの敬意を表します。
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『ようびの器』ものみな美しき日々のために
著者 眞木 啓子
企画編集 吉川 優子
編集協力 渡邊 航
発行 株式会社 青幻舎
▼眞木さんと辻留さんの対談が掲載されています。こちらも合わせてご高覧ください。
書籍 | 『ようびの器』ものみな美しき日々のために
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